最近更新出来なくてごめんぬ
ギルラウ「change」
枕元で金属の軋む音が鳴る。瞼を閉じたまま、自らの居場所を感じ取ろうと試みる。「ご乗車ありがとうございました、間もなく……」
車内放送に、列車の中か、とラウは目を開いた。
「やあ、おはよう」
向かいからの声に、ラウは眼球だけをそちらへと向ける。ギルバートがいつもの通り、青白い顔で、ラウを見ていた。
ここはどこだ、と問おうとして、乾燥の余り声が出ないことに気付いた。夜行列車の個室は暖房がきいていて、そのために空気が乾いている。軽く咳き込んで、改めて問うた。
「ギルバート、ここは……」
「この列車に乗ったのは六時間前になるから、結構な距離を移動したことになるね。それにしても、良く眠っていたよラウ。疲れていたのかな」
痛む頭を押さえながら記憶を辿る。昨晩ギルバートから差し出された新種の薬とやらを飲み、それから先の記憶がない。
どうやら自分は薬で眠らされ、意識を失っている間にギルバートに連れ出されていたらしい。しかし、薬の効き辛い体質にも関わらず、六時間も目が覚めなかったとは。
「私をどうやってここまで運んで来た?目立っただろう」
ギルバートはそれに答えず、無言で顎をしゃくった。ラウの枕元に、かなり大きなスーツケースが置かれている。ラウはスーツケースを掴み、勢い良く開いた。縁に緩い金糸が何本か絡み付いている。ギルバートは、ラウをこの中に押し込んで、ここまで連れ出したらしい。
「何のために?これでは誘拐ではないか」
「そうだと言ったら?」
ギルバートは窓の傍の小さなテーブルに膝をついて、遠くを見詰めながら呟いた。
「私はお前を連れ去りに来た。もう元の生活に戻れないように」
その返答に、ラウは眉を寄せた。
私はお前に何百回と忠告したはずだがね、そんな身体で無理に戦場に出れば、いつか必ず取り返しの付かないことになると。だがお前は聞いてくれなかった。
お前は私を愛してくれている。私のどんな要望にも、お前は出来る限り応えてくれた。クリスマスには一緒に過ごしたいとか、年末は共にこたつで特番を観たいとか、初詣に行くことが出来ないならヴェサリウスの中ででも私との幸福な将来を祈って欲しいとか、お前はそのどれにも応えてくれた。しかし、戦場に出ないで欲しいという願いだけは、ついに聞いてくれることはなかったね。
だから少々乱暴な手段を取らせて貰ったよ。お前の自由を奪って遠くに連れ去ってしまえば良いのだ。ちなみに軍服は処分してしまったから、仮に戻れたところで、すぐに戦場に出ることなど出来ないよ。
というようなことを訥々と語った。ラウはそれを、貰ったミルクティーを啜りながら聞いていた。
不穏な内容ではあったが、ギルバートが本気でラウを誘拐しようと考えているわけではないことぐらい、ラウにも分かる。いかにラウが虚弱であろうと、それより更に虚弱なギルバートを相手にして負けるはずがない。ギルバートは、自分ではラウをどうすることも出来ないと、分かっている。
「……まあ、分かってはいるのだろうが、本気でそんなことは考えていないよ。お前が本気になれば、私を殺して窓から放り投げることぐらい容易だろう」
「ああ。いやしかし、お前をそこまで追い詰めていたとは思わなかった。これは私が悪かったよ」
動物の形をしたビスケットを幾つかつまんだ。場に充満する空気は穏やかで、とても犯罪者と被害者のそれではない。犯罪者と形容したが、ラウには、警察に通報しようなどという気はさらさらない。
「この夜行の終点は?」
「ホロー・リバー駅だよ。到着は朝方の四時だ」
「あんな何もないところに、朝の四時か」
「何だ、詳しいのだね」
「部下に、こういうことが好きな者がいる」
二人の会話は終わった。ラウは窓の外に目を向けている。ギルバートもそうだった。
ぽつ、ぽつ、と音が鳴り始め、やがて頭上から硬い音が聞こえて来る。バケツを引っくり返したような豪雨である。
「雨量計が基準値を超えましたので、停車致します。しばらくお待ち下さい」
列車は深夜の無人駅のホームに停まっている。電球が明かりを発する以外は、特筆すべき点のない駅であった。
ギルバートは不意に立ち上がって、ラウの向かいに立った。ホームをぼんやりと眺めていたラウは、視界が暗くなったので、彼を見上げた。ギルバートの顔が至近にある。キスがしたいのかと、目を閉じた。彼の同じ場所が重なった。
しばらくは軽いキスだったが、徐々に噛み付くようなキスとなった。ギルバートが手探りでカーテンを掴み、乱暴に閉めた。ラウは外の風景が見えなくなったことに、少し残念そうに肩を竦めた。
ギルバートがラウの手首を掴んだ。
「外は見えなくなったのだから、私だけを見てくれても良いのではないか」
「見てるよ、ずっとお前だけを」
「果たしてそうだろうか。お前は私よりもずっと先の何かを見ているのではないかと、いつも不安になる」
「そんなこと、私自身考えたこともないな」
ギルバートの膝がラウの足の間に入り込む。その奥をぐいぐいと押されて、ラウが辛そうに呼吸を吐いた。
「この列車、シャワーは付いているのか」
「あった気はするが、私が認めないよ」
「でも汚れたら気になるな」
「私が拭いて上げるから、何も気にすることはないよ」
ギルバートは何かに追われているかのように必死だった。ラウはその真剣さに、随分と気が昂ぶっているのだなと感じたが、追求するのは止めておいた。いつの間にか、先ほどまでの穏やかな空気は消え失せている。
小一時間後、列車がのそりと動き始める。衣服を肩に引っ掛けたラウはカーテンを開いた。すっかり窓ガラスは曇ってしまっている。掌で擦って、外を見詰める。
「レイには、何か告げて来たのか」
「ラウを誘拐すると言って来たよ。真顔で、成功すると良いねと言われてしまった」
「あの子らしいな」
呟いて、座席に寝転んだ。
「派手に動いたせいかまた薬が回ってきたようだ、しばらく眠るよ」
「ああ、お休み」
ギルバートは、窓の外を見詰めている。
終点はラウが言っていた通り、侘しく人気のない場所だった。大昔、この路線がもっと活気付いていた頃には、駅舎の周囲には宿場などがあり、朝方でも人の行き交いは絶えなかったという。今は利用者減のため、来年の春には二人が乗ってきた夜行列車も運行を休止するという。ギルバートはそれを知っていて、この列車を選択したのだろうか。ふとラウは疑問に思った。
雨は上がり、雲間から太陽の筋が零れている。地面は濡れて、雨の匂いが世界を包んでいる。
改札できっぷを手渡し、二人は駅を出た。駅舎を出てすぐの駐車場にあるエレカの数もまばらで、更に侘しさを感じさせる。
「ラウ?」
ラウはそれに答えず、黙々と歩き始める。ギルバートはその後を付いて行った。いつの間にか、例の巨大なトランクはラウが引き摺っている。それに、胸の奥がひやりとした。
駅から十分ほど歩いただろうか、ラウが足を止めた。傍には森が広がり、とてもではないが、一人で歩こうという気にはなれない場所であった。
「さあ、ギルバート。死のうか」
振り返ったラウの前髪の隙間から見える眼差しは、獰猛な獣のそれである。ギルバートは反射的に身を引いた。
「お前は私と死にたかったんだろう?」
音もなく袖口からナイフを取り出した。
トランクから手を離し、乱暴に蹴り飛ばした。中から小瓶が吐き出される。
「らっ……!?」
ラウはトランクの持ち手を掴んでそれを適当に放り、地面に落下した小瓶が割れるのを黙って見詰めていた。それはギルバートがトランクに押し込んでいた劇薬だったのだが、地面に落下した衝撃で無惨に割れてしまい、使い物にならなくなっている。
「……」
ギルバートは背に冷や汗が浮かぶのを感じながら、銃口をラウの胸へと向けた。自分が引き金を引くのと、ラウがナイフで銃弾を防いでこちらまで距離を詰めるのとでは、常識的に考えれば前者に分があるだろう。だがラウの身体能力に常識は通じない。
南無三、ギルバートは僅かの望みを掛けて引き金を引こうとしたが、気付いたときには目前にラウの姿がなかった。同時に右手が急に軽くなる。見れば持っていた銃がぱっくりと二つに分かれている。
胸元に鈍い痛みを覚えると同時に、背中から倒れ込んだ。雨が上がって間もないため、ばちゃっ、と派手に背中が濡れた。見上げると、ラウが優しくギルバートの頬を包み込んだ。
「思い通りになってやれなくて、ごめんな」
べっ、とラウが舌を出した。彼の赤い舌には小さなカプセルがある。
ああ、やはりラウには敵わないね。いいさ、僅かな時間でもお前を独占出来た。それはとても幸福な時間であったよ。
ラウの唇が重なり、ギルバートの舌を吸うような感覚があった。それからは、覚えていない。
列車に乗り、頬杖をついて外を眺めていた青年に車掌が声を掛ける。
「行き先は」
目的地を告げ、感熱紙に印刷されたきっぷを発行して貰う。
「その荷物大きいね。別料金を頂きたいんだけど」
青年は口元で微笑んで、お幾らですか、と問うた。値段を告げると素直に頷いて、すみません、と軽く会釈をした。
「余り列車での旅行には慣れていないものですから、済みません」
「いいや……良い旅を」
利用者減に悩まされている路線である。ラウと、もう一人以外に客はいない。
ラウは足元のトランクに視線を落とした。
全くお前のせいで別料金を取られてしまったと唇を尖らせ、軽く爪先でそれを蹴った。
Jζλ * ' □ 'ノξ ノシ あけましておめでとうございます
2012年を迎えまして早3日が経ちましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
今年も当サイトはラウ、レイを中心に、引き続き皆様の萌え魂を満足させるべく邁進して参ります。なんて言えたら素敵だな!ハイ、勿論そのようなことは微塵も思っておりません。新年早々難しいことを申してしまいました。お詫び申し上げます。
何の話だったかな、あっ、今年も宜しくお願いいたします!こういうことですね!
さて新年からわたくしめは初詣→買い物→買い物とこういう過ごし方をしております。いつものことですね。
成人するまでは別に興味のなかった福袋に、ここ数年のうちに急に興味というものがむくむくと湧き上がって参りまして、朝も早よから行列に並んでは一喜一憂しております。
ほんで幾つかゲットした福袋をお披露目したく思います。当たりかハズレかといえば、どうも分からんという感じです。
駅前のイオンで購入した、クラフト(ラブ)福袋。5,000円。私的福袋度:福
ブランケット、マット、キッチンタオル×2、トートバッグ、スリッパ、ハーブティカップ、お茶碗、湯たんぽ、ぬいぐるみストラップ×2
満足度結構高かったです。クラフトのスリッパちょうど欲しくてな〜しかしこのスリッパ、耳が長いので脚を入れると耳ごとスリッパの中に入ってしまってやや面倒です。でもあったかい。
姫路PLIEのAfternoon Tea福袋。10,000円。私的福袋度:やや鬱
ノートPCケース、9月始まりA6手帳(表紙は花柄)、スチームイオン(グリーン)、ポーチ、皿×2、グラタンプレート×2、ペアグラス、2012年オリジナルティーポット
去年は岡山の天満屋で購入したのですが、入浴剤とかボディオイルとか、ジャンルの範囲が広く充実してたので期待してたんですよ。まさか食器ばかりとは……だから死ぬほど重かったんだ……グラタン皿とか大きさが中途半端で使いづらそう。
まあティーポットは可愛かったしスチームイオンはちょうど欲しかったので、まあまあかな。
ちなみに閉店時間の30分前にフラっともう1度見に行って来ましたが、5,000円(赤バッグ)、10,000円(これ)とも結構余っていたようです。うーん去年の岡山天満屋は昼過ぎに売り切れてたんだがな(ラス1ゲットしました)。
ティーポットのソーサーが箱の下から出て来たので追加で。
Cafe Du Monde福袋。1,000円。私的福袋度:大福
皿、ペア皿、タンブラー、チコリ&コーヒー、キリマンジャロブレンド×2、ホットチョコレート(スプーン)、ホットチョコレート(スティック)
このボリュームで1,000円!?と思った。大晦日にネットで情報収集していたときに、「31とCafe Du Mondeは毎年大当たり」っていう書き込みを見ていたので、その2つは確保しないとと思って購入。
ちなみに9時半オープンでしたが、11時過ぎに行っても5つぐらい余っていました。私は福袋はファーストインプレッションだと思っているので、最初に目に付いたものを買っています。吟味とかまどろっこしいことはしない。
とはいえコーヒーは飲めないので、年明けに会社に持って行くかオカンにプレゼントします。ホットチョコレートはとっても美味しかったです。
サーティーワンアイスクリーム福袋。1,000円。私的福袋度:大福
スヌーピーのお弁当箱、アイスクリーム柄ナイロンケース、メモ帳、商品券500円×2、ミシン線入りカレンダー
大当たりだって書かれていたのは商品券が付いているからだそうです。商品券だけで元取れてますね。しかし1人暮らしが31で500円分のアイスを食べる機会なんてそうそうなさそうです。3人家族の妹夫婦に上げちゃおうかなとか思ってます。ミシン線カレンダーは福袋に付いていたというより、毎月1日にアイスを買ったら貰えるみたいです。日めくりがミシン線になったって感じですね。毎日びりびり破っていくみたいです。
2日が初売りだったんですが、他店舗では戦争が繰り広げられている中、ここはお客さんもまばらでとってもまったりした雰囲気でした。開店1時間後ぐらいに行きましたが完全に穴場でした。ちなみに1日初売りの近場の31ではほぼ速攻で無くなったそうな。同じお店でも場所によるみたいですね。
GODIVA福袋。5,000円。私的福袋度:大福
シェフベア(ぬいぐるみ)、バーチョコレート(ティラミス)、ゴールドコレクション、トリュフアソートメント、フルーツ&ナッツ(ダークラズベリー)
こういう機会でもないとGODIVAなんてなかなか手が出ないっすからねー。ちなみにバーチョコのティラミスは珍しいお味らしいですよ。
今回大福としたのは、ぬいぐるみの手触りがあんまりにもフカフカしていて、イイ……vと思ったからです。くまかわいいよくま。
ちなみに全国どこのGODIVAでも中身は同じだそうです。毎年福袋にくま付いてくるんですかね?だったら来年も狙うわ。
まあこんなところですかね。今年は新幹線に乗って遠征とかが出来なかったので、近場で結構ガッツリ使いました。
しかし今年はスタバ(開店時間9時からだったのを知らなくて全店開店時間の11時に行ってしまった)、フランシュリッペ、ジェラートピケ、無印ステーショナリー(売り切れ。開店10分後に行ってみたらビューティーだけ残ってた)買えなくて残念だった。ネットで予約入れていたのですが、フランシュリッペは完売、ジェラートピケは抽選に外れてしまったのです。ガッカリ。
それでは皆様も良い福袋ライフを!!ノシ
ギルラウ「anima rossa」
「……」
カーテンの隙間から差し込む光に、朝か、と呟いた。目を擦って無意識に腕を伸ばす。すると、右掌に何かが絡まる感触があった。ふわふわとした、髪のようである。
あれ、と掠れた声を漏らしながら、毛布を少しだけ捲った。こちらに背を向けたラウがすやすやと寝息を立てている。
「いつの間に……」
半年間宇宙に出ていた彼だったが、どうやらクリスマスには間に合ってくれたらしい。二十四日は一緒に過ごせるね?と、ギルバートはラウにしつこいほどに確認していた。多分その時期には戻って来られるから、と何とも曖昧な答えだったが、ラウは約束を守ってくれたのだ。
「うう……寒い……」
毛布を捲ったままでいたので、ラウが寒そうに震えた。慌ててギルバートは毛布を彼の肩に掛ける。しかしラウの目が、ぱち、と開いた。首を巡らせて、ギルバートを見詰める。
「おはよう」
「お、おはよう。それから、お帰り。いつ戻っていたのかね」
「朝方……五時ごろだったかな」
「ということは、まだ二時間しか寝られていないということだね」
時計を見やれば七時である。少なすぎる睡眠時間だ。しかしラウはさっさと起き上がろうとしている。ギルバートは慌ててそれを制した。
「待ちなさい、もっと休まないと」
「二時間も寝れば十分だよ。今日はデートするんだろ」
「同じベッドで一緒に寝られるのだって、私は十分嬉しいさ」
ラウの腕を引っ張って毛布に押し込んだ。ラウはしばらく蠢いていたが、観念したのか大人しくなった。
今度は背中を向けて寝させないぞ、とラウを抱き寄せる。ギルバートの体温に誘われたのか、ラウはすぐに眠りに堕ちて行った。
さして大きくはないダイニングテーブルで向き合いながら、同じジャムを塗った食パンを齧る。
このジャムはラウが地球の小国で買って来たものだそうで、黒豆をペーストしたものらしい。
「とても豆とは思えない、不思議な味だ。まるで餡子を食べているようだね、美味しい」
「黒豆は栄養分が豊富だからな。ただのジャムを食べるよりは身体に良さそうだと思った」
はちみつを溶かした紅茶を啜りながら答える。
「このジャムは持って行くのかね」
「気に入ったのなら置いて行くよ。次に私が戻って来たときの楽しみに取っておくから」
ラウが帰宅したときから、二人は別れを意識していた。たった数日で、ラウはまた宇宙に上がってしまう。
しかしギルバートの心は明るい。今回も無事に戻って来てくれた、という喜びから、一時的に高揚しているようだった。
「今日は何をして過ごそうか。食べたいものとか、行きたい場所とかあれば、何でも言ってくれ」
「そうだなぁ」
ラウは頬杖をついて、しばらく考えた後、テレビをつけた。情報番組でもやっていないかと考えたようである。しかし思ったような情報は得られなかったようで、テレビはそのままに、ギルバートへと顔を向けた。
「とりあえず、地下街のスープ屋に行きたいな」
「ラウはあの店が好きだね。帰って来るたびに行っているのではないかな?」
「寒い日はスープが良いだろう。身体も温まって」
「分かった。ではそこに行こうか。今から出ればお昼時だろう」
二人が起床したのは十時過ぎであった。目的の店の最寄り駅まで電車で三駅である。
玄関を出ると、冷たい風が耳元で鳴った。今日は随分と寒くないか……?ギルバートは隣にラウがいなければ、まず間違いなく家に引き返していただろうと思った。しかしラウは寒さに強いのだろう、ちょっと肩を竦めただけである。
ギルバートの自宅から五分ほど歩くと地下街に続く階段が現れる。そこが最寄り駅の入口である。ギルバートは寒さから逃げるように急ぎ足で階段を下りた。ラウはその背後からゆったりとした足取りで続く。
「風がなくなったが、やっぱりまだまだ寒いね」
地下街はひんやりとしていて、人の気配がしない。身を震わせながらギルバートは言った。
「慌てているようだったのは、寒いからか?」
「そうだね……」
ふぅん、とラウは呟いて、手袋を脱いだ。ギルバートの冷え切った掌を、ラウの骨が出たそれが包み込む。
「周りに誰もいないから、今だけ」
「……」
ギルバートは感動の余り、じっとラウを見詰めてしまった。ラウはたまらず噴出して、鼻が、と言った。
「お前、鼻水出てる」
思わず指先で擦ろうとしたが、鼻がかぶれるぞ、とラウが眉を寄せて、バッグからティッシュを取り出した。
「はい、ちーん」
「ちーん……子どもじゃないんだから」
「子どもでないのなら、ティッシュを忘れて出掛けるな」
「はい……」
困ったように微笑んで見せると、ラウも苦笑で応じた。
ラウが気に入っているスープ屋の最寄り駅は、プラントで最も乗降者数の多いターミナル駅である。特に今日はクリスマスなので人の数が多い。
これだけ人がいれば、携帯電話の電波も届き辛いだろう。ギルバートは電車から下りる際、咄嗟にラウの腕を掴んだ。細い腕である。思わず両目を眇めた。
ラウは少し驚いたようだが、振り払うでもなく、抗議の声を上げるでもなく、ギルバートの後を付いてくる。細い腕に驚いた、ギルバートの動揺が伝わったのだろうか。
改札を出ると、またすぐに階段を下りる。地下街を少し歩くと、オフィスビルの地下一階へと出る。ここに、ラウのお目当ての店がある。有名で人気の高いチェーン店なのだが、オフィスビルということもあってか、この店に限って言えば客の数はまばらである。
お互いにするりと手を解き、ラウは先に席を取っておこうと、椅子にバッグを置いた。地下街を歩く人びとが良く見える、通りに面した席である。
「先に注文してくると良い、荷物は見ておくから」
「それならお前の分も注文してくるよ、いつもの?」
「そうだね、じゃがいものスープで、カレーのセットが良いな」
「分かった」
さっき食べたばかりだろう、とラウはくすくすと微笑みながらレジに行った。彼の背中を見送ったギルバートは、通りに目を向け、これからどこに行こう、クリスマスプレゼントは何を上げよう、などと考えて、ついにやけてしまう。
五分ほど待っただろうか、ラウが両手にトレイを乗せて戻って来た。礼を言ってカレーを受け取り、幾らだった、と代金を支払おうとする。しかしラウは片手でそれを制した。
「お礼だよ。私が来たいと言ったのだから」
「いや、しかし」
「クリスマスプレゼントを買ってくれるのだろう?実はもう欲しいものを考えてあるんだ」
「分かったよ。さて、一体どんな高級品をねだられるのやら」
「そんなに高いものをねだるつもりはないさ。私の身分で、プラントの議長でも買えない品物など思い浮かばないよ」
両手を合わせて、いただきます、と呟いた。ギルバートもそれに倣って両手を合わせる。プラントでは馴染みのない文化であるし、深い意味は分からないのだが、ラウは食前にいつもこうしている。試しにそれを真似てみたところ、何故だか食事が美味しいもののように思えたのだ。
それは何だい、と以前に問うたことがあった。命を頂く儀式だよ、とラウは答えた。良く分からなかったが、ギルバートにとってこれはラウから教わった、料理を美味しく食べるおまじないのようなものだ。
ギルバートは、通りを歩く人びとへと視線を向けた。幸せそうに歩く家族、カップル。笑顔で歩いている彼らを見ていると、ああ、もっと議長として頑張っていかねば、と身の引き締まる思いである。
「ラウの欲しがっているものが売られているお店は分かるのかね?」
「大体、どこにでも売っているよ」
「どこにでも……何だろう、本かな、それとも食べ物だろうか。いいや、お前が戻って来る以前に欲しいものを言っておいてくれれば良かったのに。そうすればお前が帰って来てすぐに渡せただろう」
「だって、お前から買って良いと言われていなかったから」
妙なところで律儀である。思わず肩を落としたが、それがラウの良いところだ。しかし、彼の様子から見るに、どうも選ぶのに時間が掛かりそうだ。ギルバートはちょっと急いでカレーを片付け始めた。ラウは、そんなに急がなくても、と言わんばかりの表情であったが、そんなギルバートを嬉しそうに見詰めている。
「私、このお店が好きなんだ」
「そうか、私もだよ」
「特にこの席が好きだ。どんな人が歩いているのか良く見える。幸福そうに歩いている人を見ると、もっと頑張って彼らを守っていかねば、と思う」
その言葉にギルバートは驚いた。何だ、ラウも私と同じことを思ってくれていたのか。
「でも、この席で一人で食べるより、お前と食べた方が一番美味しいな」
「……」
ラウはたまに、こちらが赤面してしまうようなことをさらりと言ってのけることがある。今がまさにそれで、ギルバートは不覚にも頬を赤く染めた。誤魔化すようにラウの前髪をくしゃりと撫でる。ラウはそれに不思議そうにして、冷め掛けのスープをゆっくりと飲み干すのだった。
店を後にした二人は、ラウが欲しがっている品物を買うために駅へと戻った。駅構内には巨大なショッピングモールがあり、一日歩いても回り切れないほどの広さである。
「欲しいのはマフラーだよ」
「マフラー?何故」
「この間、レイにマフラーを上げてしまってな」
レイは現在、ラウと同じ職場で働いている。ラウはミネルバを擁するクルーゼ隊の隊長で、ちなみに艦長はフレドリック・アデスである。
「プラントに戻って来たらもうすっかり冬で、レイが寒そうにしていたから上げてしまった」
「そうか、あのマフラー、ラウに良く似合っていたのにね」
「だから、お前に買って貰おうと思ってな」
「分かった、精一杯良いものを選ばせて貰うよ」
そうして二人は方々の店を回ったが、なかなか二人の意見と一致するものは見付けられなかった。諦めきれずに歩いていると、百貨店が目に入る。ここなら良いものがあるかも知れないが、しかし百貨店に置かれている品物など、どれも高級品だろう。ラウは踵を返そうとしたが、ギルバートがそれを制した。
「どこへ行くのかね、まだあのお店が残っているではないか」
「でも、きっと凄く高いぞ」
「惚れた相手の欲しがるもの一つ買えず、何がプラントの議長かね」
ラウはなおも躊躇っている様子だったが、ギルバートは強引に腕を掴んだ。半ば引き摺られるようにして、店内へ入る。
服飾売り場を確認し、三階に上がる。床にはカーペットが敷かれていて、見るからに高級店である。
「議長になってからもこんな店に来たことはなかったな……」
「私も、忙しかったからな」
互いに少し唖然としながらも、売り場へ辿り着いた。高級店だけあって質はどれも良い。手編みのマフラーもあって、それは値段がのけぞるほどに高かった。
「ラウ、どういうのが」
ギルバートが問い掛けようとすると、黙ったままのラウの姿が目に入った。彼は一点をじっと見詰めている。視線を手繰ると、一枚のマフラーへ行き着いた。
「綺麗な色だね、まるで夜空のようだ。きっと、ラウにとても良く似合うよ」
「私も夜空のようだと思った。ただホームスパンだから、結構な値段のようだが」
タグを確認しながらラウは肩を竦める。そんな彼を見ながら、買ってやりたい、とギルバートは強く思った。確かに思っていた以上の値段はしているが、そんなもの、宇宙で命を掛けているラウの苦労に比べれば、どうということはない。それに綺麗な色だ。これを巻いて誇らしげに歩くラウを見たかった。
「ちょっと、巻いてみたらどうかな」
「えぇ?いや、しかし」
ギルバートはそのマフラーを手に取って、ラウの首にさっと巻いてしまう。温かいかね、と問うと、温かい、と囁いた。
「とても良く似合っているよ。決めた、これにしよう」
「しかし、こんな高いものを」
「私が良いと言っているから、良いのだよ。言っただろう、惚れた相手の欲しいものも買えない政治家になった覚えはないよ。私の給料は税金だがね、市民もお前のためならばときっと納得してくれるだろう」
ラウの腕を引き、レジへと連れて行った。今から使いたいのでタグを取って下さいと、その場で値札も全て取り払ってしまう。さあ、これで返品はきかなくなった。
プラントの最高評議会議長と、クルーゼ隊の隊長である。店員は驚いた様子であったが、淡々と業務をこなしていった。さすがは一流店である。
「済まなかった、ここまで高いものを買わせるつもりはなかったのに」
「何を言う。私はとても満足しているよ」
ラウはまだ恐縮した様子である。そんなラウを見ていると、いたずら心に火がついた。
店を出て、人ごみに紛れたところで、ラウを抱き寄せる。
「お礼は今晩、身体で支払って貰うとするよ」
「……!」
ラウは赤い顔でギルバートを見上げたが、マフラーに大事そうに触れて、小さく頷いた。
レイラウ「啐啄同時(1)」
土曜日の早朝、階下から聞こえて来る物音に、レイは薄っすらと目を開いた。しばらく考え込んで、これは洗濯機が回っている音だ、と気付く。それと同時に弾かれたように起き上がって、乱暴に階段を下りた。
「ら、ラウ?」
洗濯機はバスルームのドアの隣に設置している。洗濯機の重低音にも関わらず、ラウはレイの声に気付いてこちらを振り返った。
「おはよう、レイ」
「おはよう……いつ戻って来たの?」
「朝方にね。二時間ほど寝て、今しがた起きたところだよ」
ランドリーボックスはすっかり空になっている。その様子に、レイは少し焦った。
「洗濯物ぐらい……俺がやるのに」
「気にすることはないよ。家を空けていて、滅多に親らしいことはしてやれていないからね。たまの休みの家事ぐらい」
「ううん、そういうことじゃなくて」
ラウは不思議そうにレイを見詰めた。レイは言い辛そうに、あのね、と呟いて、目を逸らしながら告げた。
「俺の服をラウのものと一緒に洗わないで欲しいんだけど」
「……」
ラウは目を見開いて、抱えていたランドリーボックスをどさりと落とした。
半年振りに再会した友人は、今にも死にそうな顔色で、ギルバートは眉を寄せた。渡していた薬を切らしたとか、発作が頻発したとか、そんな話は聞いていなかったのに、どうしたことだろう。
「今回も良く無事に戻って来てくれた。紅茶を淹れるから、待っていなさい」
友人の無事に感謝したギルバートは、先にラウをリビングへと通し、キッチンに向かった。
ソファに身を沈めたラウは、やはりどんよりとした空気を発している。それは壁一枚を隔てたキッチンのギルバートにも伝わるほどであった。
「どうしたね?元気がないようだが」
ラウは紅茶を一口啜って、はぁ、と溜息を吐いた。不思議そうにギルバートが問う。
「ギルバート……私はもしかすると、何かレイの気に障るようなことをしてしまったのかも知れない」
「と言うのは?」
「今朝方、軍港から戻って、自宅で二時間ほど寝た後、洗濯をしていた。私は水が勿体無いと思って、自分のものとレイのものを一緒に洗濯機に入れていたのだが、それがレイには気に入らなかったらしい。一緒に洗わないで欲しいと言われてしまったのだ」
「そ、それは……」
レイお前それは言い方というものがあるだろう!とギルバートは天を仰ぎそうになった。しかし堪えて、きっと反抗期なだけだよ、とラウに告げた。ラウは少しほっとした様子で顔を上げる。
「反抗期?」
「そう。レイは勿論お前に多大な感謝をしている。しかし何しろ年頃だからね。久し振りに帰って来た家族についツンケンとしてしまうのは、致し方ないのではないかな」
「そうか……反抗期。じゃあ、いつかは私を嫌わないレイになってくれるのだろうか」
「勿論!」
励ますように微笑んだ。無論、根拠あっての励ましである。
ラウはギルバートの強い言葉に、安堵したように息を吐いた。それならいいんだ、と言う声は掠れていた。
「良かった……レイにまで疎まれてしまったら、私にはもう行く場所がない」
「大丈夫さ、お前は何も心配しなくて良いんだよ」
満足そうに頷いたギルバートは、ラウが帰った後にレイに連絡を入れねば、と考えていた。
この件を叱ってやるのもそうだが、一つ、作戦がある。
ラウが帰った後、ギルバートはレイに電話を掛けた。レイにしては珍しく、出るのが遅い。十回目のコールで、やっと出た。
「レイ?今大丈夫かね」
「うん……ラウが来てたんでしょ」
「そう。なんでもラウに対して酷いことを言ったようだね。ラウはもう帰っている?まだなら、ラウが戻ったらちゃんと謝りなさい」
「酷いこと……そうなのかな。だって、あんなことされたら」
「お前が、ラウに対して並々ならぬ感情を抱いているというのは、お前から直接聞いた話だが」
口調は厳しいようだが、その表情は微笑んでいる。だがそれはレイには見えないので、萎縮した様子である。これはいける、とギルバートはほくそ笑んだ。
「ラウは、お前に嫌われたらもう行く場所がないと言っていた。ラウにとってお前はそれだけ大切な存在なんだ。そのお前に突き放されてしまったら、ラウは戦場で生きていくことが出来なくなる。お前にまた会いたいという気持ちだけで、ラウは戦っているようなものだ」
「……はい」
「ラウが戦場から帰って来なくなる。レイだってそれは嫌だろう?」
「それは、嫌だ、絶対に嫌だ!」
「なら、ちゃんとラウと話をして謝ること。とは言ったところで、素直に聞いてくれるレイでないことぐらい、私も分かっている」
唐突な切り出しに、レイは眉を顰める。
「新幹線と特急のチケットをお前たちの家に送った。二人分ね。ホテルも取ってある。場所は有名な温泉地だ。そこに二人で出掛けて、ちゃんとラウに謝るんだ」
「ちょっ……!?どうして?ギルは!」
「私は仕事があって行けないのだよ。ああ、日程は明後日から二泊三日だから。もう今からでは払い戻しなど出来ない……出来なくはないが、手数料を取られてしまうからね。行かないと勿体無いよ」
「そんな、今の俺とラウが二人きりで行動なんて出来るわけないよ!」
「出来ないなどとは言わせないよ」
強い言葉に、レイは息を呑んだ。
「ラウはとても繊細な人間だ。まして誰よりも身近なお前に酷い言葉を言われてしまったら、生きる気力さえ失われてしまうかも知れない。
ラウに生きていて欲しいのなら、大事だと思うのならば、正面からその気持ちに向き合いなさい。自分から逃げてはいけない。
お前のその気持ちは、今こそラウを傷付けるものかも知れないが、純粋に相手を想う気持ちからきている。その気持ちに、魂に手垢を付けてはならない」
「……」
レイは観念したように、溜息を吐いた。
「分かった、行きます……きっぷ、ありがとう」
その呟きに、ギルバートは思わず電話を持ったまま、ガッツポーズを取った。
出発の初日である。二人は揃って酷い顔をしていて(互いに緊張で眠れなかったらしい)、朝の挨拶の他に交わした言葉は何もない。
黙々と朝食を取り、荷物を纏め、駅まで徒歩で向かった。新幹線の出発時間まで間があったので、近くの店に入る。確認の言葉さえない。
赤と黄色のロゴのコンビニである。レイは店内に入り、ラウは外で待っていた。自動ドアの傍に、ペンギンのバルーンが設置されている。首からはキャンペーン中のタグをぶら下げており、ラウは何となくそのバルーンを突いてみる。起き上がりこぼしのため、ゆらゆらと揺らめいて、元の位置に収まった。
「何やってるの」
不意の声にそちらを向いた。見ればレイが腕に段ボールを抱えて立っている。お前こそ、とラウが問うと、貰ったの、という素っ気ない返事である。
「七百プラントドル以上の買い物でくじが引けて、一位がペンギンのトースターだって。それで……」
ラウはその答えに、にこっと微笑んだ。レイとまともに会話するのは本当に久し振りで、例え相手が素っ気なくとも、素直に嬉しかった。
「貸してごらん。荷物になるだろうから、私のトランクに入れておくよ。私のは大きいから」
「ねえ、二泊三日なのに、そんなに大きなトランクが必要だったの?」
場所を移動して、改札傍のソファに移動する。ラウは新幹線の形をモチーフにした、変わったトランクを持っていた。それはラウの趣味なのかな、と眺めていると、部下から貰った、と心中の疑問が聞こえていたかのようにラウが言った。
「艦長は鉄道オタクなのだが、衝動買いしたはいいものの、届いた実物を見ると想像より可愛らしかったのでと、私に譲ってくれたのだよ」
トランクにトースターの箱を押し込んだ。荷物はそれほど多いようではなかった。
「この旅行が終わったら、私は直接軍に戻る。トースターは宇宙に出る前に宅急便で送るから」
「なんだ、思っていたより早く戻っちゃうんだね」
もしかして、それは俺がラウに酷いことを言ってしまったためだろうか。それに思い至ったレイは、心臓が握り潰されそうな感覚に陥った。
「ねえ……ラウが早く戻るのって、もしかして」
「時間だ、そろそろ行こうか」
ラウはレイの言葉が聞こえていなかったのか、トランクを閉じて立ち上がった。レイはきゅっと唇を引き結んで、黙って頷いた。
ムウラウ「preparation」
1123記念!!(本当は24日0時40分を過ぎている!!)
C.E.74年、ヤキン・ドゥーエ防衛戦から二年が経過した。その間に世界は激変し、プラントにはこれまでの歴史で最も若い評議会議長の手腕により、一時の平和が齎されている。
ムウ・ラ・フラガ、ラウ・ル・クルーゼの両名は、現在は地球のヨーロッパに住んでいた。二人の住居は、アークエンジェルのクルーや、キラ、カガリなどにも知らせていない。
ムウはヤキン戦での折、ジェネシスの光線からラウを守り、そのままアークエンジェルには戻らなかった。ラウもまた同様に、ザフトやプラントに戻ることはなかった。厳密には、戻れなかった。ムウに人質として地球に連れて来られたためである。
「お前がもしザフトに戻って、また軍人としてやって行くというのなら、お前がメンデルで俺とキラに暴露した全ての事実をプラントに公表する」
「お前が黙っていても、キラ・ヤマトが誰かに言うかも知れないだろう」
半壊したプロヴィデンスのコックピットで、二人の、押し殺した声だけが響き渡る。
ラウは多少呆れた口振りで返答したが、ムウの表情は変わらない。
「キラは誰にも言わないよ、お前がまた表舞台に立つことがなければな」
「私をどうしたいのだ」
操縦桿から手を離し、どうでも良さそうに、頬杖をついて問うた。視線を合わせようとしないラウの顎を掴み、お前が、とムウは問うた。
「お前が親父を殺したのか」
「お前の思うままに」
「親父は殺されても仕方なかったかも知れないが、何故母さんまで殺した。優しい人だったじゃないか」
「どうしても答えねばならぬというなら、死ぬ」
「……」
取り付く島もない。ムウはしばし逡巡し、ならば、と一つの結論を出した。
「地球まで、人質として俺に付いて来て貰う」
ラウは、それに頷きも嫌がりもしなかった。ただムウの言う通りに、黙って後を付いて来るだけだった。
ムウの名義で、フランスの田舎町に一件の家を借りた。そこでの生活はこれまでの戦場暮らしと違い、平凡で、穏やかなものであった。ムウがラウに両親の殺害の件を問うことは、あのコックピットの中での会話以降はなかったし、ラウもそれについて何も問うことはしなかった。
ただ一度、ムウに問うた。私を殺したいとは思わないのか?と。
ムウは視線を逸らしながら、
「お前を殺したら、まともなメシに有り付けなくなる。俺は結構お前の手料理が好きなんだ」
と答えた。毒でも盛られていたらとは考えないのか、と続けて問うたが、その答えが、
「戦場で何十回と俺を殺す機会があったのにお前はそうしなかった。お前には俺を殺せない理由があるのだろう」
ということで、見透かされているようだな、とラウは思った。
冬を越え、春が過ぎ、夏を経て、秋になった。二度目の終戦の時期が近付くにつれて、ムウは精神的に不安定になっていった。暖かい季節にはまだラウと軽口も交わしていたのが、寒さに刺激させられるのか、或いは戦場での経験が影響しているのか、とにかくラウに対して厳しく当たるようになった。もっともラウもそれに対して屈託はない。他人を懐に入れて生活をした経験はないし、自分は生まれてから死ぬまで虐げられるだけの人生だと、それに疑問を抱かないからである。だから、二人の間の溝は広がっていく。互いにそれを埋めようとしないのだから。
元々無理があったのだ。両親を奪った殺人犯と一つ屋根の下で暮らすだなんて。悴んだ手で皿を洗いながら、ラウはひとりごちた。
ラウは、正直なところ、ムウに対して憎悪の気持ちはない。自らをこのような不自然な肉体で誕生させたアルには殺してやりたいほど(結果として実現はしたが)憎んではいるものの、ムウに対してはそのように感じる理由がなかった。ムウもまた、父に不完全な存在として認識され、疎まれていた。一種の同情心さえ抱いている。そして在り難くないことに、どうやら自分には父性愛というものが備わっているようで、息子が不憫しているというのなら何とかしてやりたいと考えるのが自然なものになっていた。アルにも一分の魂と言うべきか。だからラウは、ムウに見切りを付けてこの家を離れることが出来なかった。仮に息子に死ねと言われれば、素直に従っても良い。あのときどうせ自分を助けたのは息子で、一つ借りが残ったままだ。
ムウは庭に干していた洗濯物を取り込んで、黙々と折り畳んでいた。ラウは昼食の用意をしている。付けたままのテレビからはニュースが流れてくる。若きプラントの議長が、このたびデスティニープランを発動させることを決定させた……。それにラウは、ああ、あいつもついにここまで来たか、と遠い世界の出来事のように横目で眺めた。
「これ、あいつらは反抗するだろうな」
「オーブや、アークエンジェル?」
「そうだ。また戦争になると思う」
「もうなっているじゃないか、戦争なら」
「違う、今度はもっと大きな戦争になる」
ラウはシチューを温めていた火を消して、お前はどこに行きたい、と問うた。
「いつまでも人質ごっこの真似はしていられないだろう。お前本当は、連中と合流してデュランダル議長を相手に戦いたいのではないのか」
「はぁ?そんなこと言ってないだろう!」
「言葉では確かに言っていない。心では違うけれども」
くるりと背後を振り返る。手におたまを持ちながら、
「折角の機会だから訊くが、二年近く共に過ごしても、お前の考えがちっとも分からない。私を人質にするなんて言い出したときには、それでザフトを脅すのかと思いきや、何もしようとしないし、結局やっていることは家族の真似事ではないか。ごっこ遊びしたさにフランスくんだりまで私を引っ張って来たというのか?別に私も他に目的があるわけではないが、長く生きられないのだから、私の時間を無駄に消費しないで貰いたい。私は私の命を削ってお前に付き合っているのだぞ」
「嫌だって言うなら無理矢理にでも逃げ出せば良かっただろうが!お前がちっとも人質っぽく振る舞いやしねえから、一緒にいて全然つまらなかったぞ!人質らしく、助けて、とか、逃がして下さい、とか言うかと思いきや!」
「はぁ?二年も付き合ったのだ、感謝されるならばともかく、詰まらなかったと言われる覚えはないのだが」
かしゃん、とおたまを鍋に放り込んだ。腰に手を当ててムウをねめつける。エプロン姿のせいで様になっていないが、二年間も我慢したのにこの言いようはないだろう。何を考えているのだ、この三十路は?
「じゃあ分かった!ここで俺の質問に答えたら俺から解放してやるよ!何で母さんを殺した?」
「それにどうしても答えなければならないなら、死ぬと言っただろう」
「何でそうまでして答えたくないんだ!母さんがお前に何かやったっていうのか?」
「何もやっていない」
「お前は無罪の人間を殺せるような奴なのか?お前とは数えるほどしか会っていないが、お前がそんな奴だなんて、俺は思えないし、思ったこともない」
「私は軍人だ。理由のない殺人なんてこれまで幾らでもしてきたさ」
「母さんが死んだのは、お前が軍人になるだいぶ前だぞ」
「……」
ラウは、観念したように首を項垂れさせた。エプロンを解き、その場にしゃがみ込んだ。事実を教えたくはなかったが、二年間も止まっていた互いの時間が、これを告げることによって動き出すのではないか。ラウは不意にそう思ったのだ。すると、言葉が止められなかった。
ああもう、どうなっても構うものか。
「……両親を殺したのは私ではない」
「……!」
ムウが息を呑んだ。ラウは膝の間に顔を埋めた。
「あの日私は、昼間に練習していたピアノがどうしても上手く弾けなくて、出来るまで食事も睡眠も駄目だと言われていた。防音設備の整った地下室で、深夜まで練習していた。
それでやっと弾けるようになったからと、地下室を出て、父の元へ向かった。昼間は絶対に外に出てはならないが、深夜ならばお前が眠っているだろうからと、許可されていた」
その言葉に、ムウの胸にちくりと痛みが走る。
「父の部屋のドアを開いたときには、父と母は殺害されていた。二人を殺したのは名も知らない暴漢だ。私は咄嗟に物陰に隠れたから、気付かれずに済んだ。暴漢は父の部屋に火を放った後、窓から飛び出して行った。
だから、本当は二人を殺したのは私じゃない。正確な犯人の顔や名前は知らないんだ、悪かったな」
埋めていた顔を上げ、床にぺたりと座り込んだ。その両目は潤んでいる。
どうしてそれを黙っていた、とムウは問うた。ラウは乾いた笑みを浮かべた。
「だって、私の正体を知ったらお前はきっと同情するだろう?それは嫌だった。だから、同情よりも大きな気持ちをお前に持って貰いたかった。それはつまり、憎悪だ。
私は自分で自分を可哀想な人間だと思っているが、それを他人から思われるのは溜まらない。ましてや本当の家族であるお前に……だから、言わなかった。ほらもう、お前はそんな顔をしている……」
ムウはくしゃりと顔を歪め、やっぱりそうかよ、と呟いた。ラウはそれに驚いた様子を見せることなく、静かにムウを見詰めている。
「そうだよ、俺より三つも年下の子どもが、成人二人殺せるわけなんてないよなぁ……」
ラウは溜息を吐いてその場に立ち上がる。どこに行くんだ、と問うムウに、首を左右に振った。
「家族ごっこはもうお仕舞いだ。私はこれからプラントに上がる」
「プラン……はぁ!?」
「先ほどお前が言っていた、プラントの最高評議会の議長は私の幼馴染だ。私の過去も詳細に知っている。ただし私の生存は知らせていない」
その言葉に、もう一度テレビを観た。黒い長髪のこの男は、ラウの知り合いだと言う。
「デスティニープラン……予め生き方を定めるというのは、つまりアルが私に強いたことと同じだ。議長が何を思ってこのプランの実行に至ったのか、わけを聞きに行く」
「まっ、待てよ!お前、そんなことをしたら殺されるかも知れないんだぞ!」
「それはないさ。ギルは私に甘いから」
シチュー、残さず食べろよ。そう言って背を向けたラウの元に向かい、咄嗟に腕を掴んだ。ラウが怪訝そうにこちらを振り返る。
「お前が行くって言うなら、俺もついて行く」
「のび太悪いな、おれのプロヴィデンス一人乗りなんだ」
「関違いだろ」
ラウの真顔のボケに真顔でツッコんだ。
「お前は俺のことをどう思っているんだ。考えてみれば、二年間一度も訊いたことがなかったよな」
「世話の焼ける息子だと、思っているよ」
「俺は、目が離せない弟だと思っている」
「意外だな、敵意がないということか?」
「お前が両親を殺したって、どうしても俺には思えなかったからな。俺にはお前を憎む理由がない。
さっき同情心より大きなものが憎悪だと言ったが、俺はそうは思わないね。その憎悪より更に大きな気持ちがあるってことを考えなかったのか?それはつまり、家族愛だよ」
ラウはその言葉に、両目をはっと見開いた。
この男は、自分と同じ気持ちでいる。憎む理由がなく、家族愛を抱いているということを。
「だからさ、いいだろ?離れて過ごす理由がないんだから」
ラウは不満そうに自らの腕を見下ろした。ムウに掴まれている部分である。痛いのかと思って、悪い、とムウは手を離した。
一旦は部屋に背を向けていたが、改めてキッチンに立った。「ラウ?」
「シチューの作りかけだ。食べ終わったら、ここを出るぞ」
「おう、了解!」
振り返って微笑んだラウに、ムウもまた、歯を見せて頷いた。
ギルラウ「BREEZE」(11/21修正・追記しました)
ギルお誕生日おめでとう!!!
その日、ラウが帰宅したのは、深夜の二時を過ぎた頃だった。
ギルバートは学会で発表するためのレポートを纏めるため、徹夜のつもりだった。しかし玄関先から物音がして、おや、と手を休める。
「ラウ!お帰り……プラントに戻っていたのだね」
玄関先に立っていたのはラウである。再会は実に半年振りであった。
ラウは眠たそうに目を擦って、ただいま、と緩んだ声音で呟いた。
「済まない、寝ていたのか?」
「いいや、今日も報告の準備で忙しくてね。これは徹夜だな。もしお風呂に入るなら沸かしておくけれど」
「シャワーは基地で浴びて来たから寝るよ……」
ふらりと中に入って、向かったのはギルバートの寝室である。ラウそこは私の部屋、と声を掛けそうになったが、苦笑を浮かべて彼の背中を見詰めた。どうせ今晩は使わないのだから、ベッドぐらい好きに使って貰えば良い。
ラウは傍のソファに脱いだ軍服を掛け、ブランケットを持ち上げてベッドに潜り込んだ。
すぐに寝息を立て始めたラウの頬を、ギルバートは起こさぬよう、そっと撫でた。
翌日、ラウが目を覚ましたのは、昼を少し過ぎた頃であった。ぼうっとした様子で時計を眺め、あっ、と声を上げる。今日は休みだが、遅くまで寝てしまった。
慌てて服を着てリビングへと向かった。ギルバートはソファに腰を下ろし、テレビを観ていた。
「ギル、悪かった。疲れていたせいでぼんやりしていて……お前の寝床を勝手に」
「構わないさ、そんなの。私は徹夜で眠っていないし、それにラウなら大歓迎だ」
そう言ってコーヒーを啜るギルバートを、ラウは少し照れた様子で見詰めた。
「そうだ、忘れないうちに……ラウ、これを見てくれないか」
カップをテーブルに置いて、ギルバートは傍に置いていた大量のパンフレットを突き出した。旅行会社のもののようで、表紙には一面の花畑が掲載されている。
「なんだ、旅行にでも行きたいのか?」
彼の隣に座り、一緒にパンフレットを眺める。ギルバートは嬉しそうに幾度も頷いた。
「そうそう。今回はいつまでいられるのかね?二週間ぐらいはいられるのだろう?その間、二泊三日だけでも、景色の綺麗な場所でゆっくりしてはどうかと思ってね。ここは食べ物も美味しいし、空気も実に綺麗だ。きっと良い気分転換になるよ」
やや興奮したようなギルバートに、ラウは慌てた。ちょっと待ってくれ、と彼の言葉を制止して、四日後、と言った。
「四日後に私はまた宇宙に上がる。今回は予定が詰まっていて……」
「そうか、それは……」
ギルバートは心底がっかりとした。ラウも彼の悲しみを感じ取って、視線を落とした。
「……そうだ!」
急に声を上げたギルバートに、ラウはびっくりして彼を見上げた。
「今日なら大丈夫かね?一日だけで良い、ラウの時間を貰いたいんだ」
「それだけで良いのか?私は構わないが……」
戸惑いがちに返答したが、ギルバートはそれに満足げに頷いた。
ギルバートがラウを連れ出したのは、ラウの自宅から徒歩で行ける百貨店であった。初めはラウもギルバートの意図が分からなかったが、店内に掲示されていたポスターに、彼の狙いをようやく悟る。
彼はラウを六階の催事場へと引っ張って行った。そこには多くの出店がある。先ほどギルバートがパンフレットを見せた、あの観光地の物産展だった。
「現地に行けなくとも、せめて美味しいものぐらいは一緒に食べようじゃないか」
微笑んで、とりあえずはラーメンだとラウの腕を掴んだ。ギルバートの心遣いが嬉しくて、ラウも頬を染めて頷いた。
「ここで物産展があるのを知っていたのか?」
「レイが友人と行くというのを聞いていたものでね」
二人が選んだのは現地でも人気の高いラーメン屋であった。昼食の時間を過ぎたこともあってか、イートインコーナーは比較的すいている。
ラウは塩ラーメンを、ギルバートは醤油ラーメンを選択した。すぐに運ばれてきたラーメンに、二人の目は釘付けになる。どちらも野菜がたっぷりと乗せられている。
「頂きます!」
手を合わせて同時に箸を入れた。早速スープを啜る二人だが、同じような表情を浮かべている。
「……味がしないな」
「そうだね、随分と薄味のようだ」
ここに来るまでの外の寒さにやられたのか、と思ったが、幾ら食べ進んでも味が分からない。そのうち二人はラーメンを平らげてしまって、これでは例えば誰かに感想を訊かれても答えようがない。少しがっかりとさせられてしまった。
「ま、まあまあ。ここはとにかくプリンや洋菓子の美味しさで有名だからね。色々買って行こうじゃないか」
「そうだな」
一先ず気を取り直して、二人は店を後にした。
それからはスイーツを扱う様々な店を見て回った。ラウは甘いものに目がないので、勧められてばあっさりと購入してしまう。受け取った荷物は分担して持っているのだが、それにしても凄い数である。
「こ、こんなに食べられるのかね」
「隊の面々へのお土産にしようと思ってな」
ラウは紙袋を持ち直し、ありがとう、と呟いた。催事場を後にして、一階のオープンカフェでくつろいでいる最中である。
「現地に行けないから代わりに催事場を、というのは思い浮かばなかった。旅行会社には置かれていない、現地の人が作ったパンフレットも手に入ったし、まるで実際に出掛けたような気分だ」
「ラウは大袈裟だな。いずれ時間が出来れば、二人で本当の花畑を見に行けば良いじゃないか」
「うん……お前の誕生日の時期は毎年何かと忙しいのだが、今年は時間を作れるように頑張ってみたいな」
「ラウ」
「ん?」
パンを口に運んでいたラウが顔を上げる。ギルバートはそんなラウを、愛しい、と思いながら、
「無理はしなくて良い。私の誕生日だからとか、そんなことより、無事に帰って来て欲しいのだよ」
「無事に、か」
パンから口を離す。視線を俯けさせて、でも私は、と先を続けようとした。向かいのギルバートは腕を伸ばして、ラウの肩に優しく触れた。
「ラウは長く生きられる」
「……」
励ますように微笑んだ。ラウはそれに微笑んだ。誤魔化すような笑い方だった。ああ、自分はいつまで経ってもラウの不安を解消出来ないのだ、とギルバートも悲しくなった。
背凭れに身を預け、ストローを含んでジンジャーエールを啜った。ラウは俯けていた視線を上げて、通りを過ぎる人びとを見詰める。カップルも幾組かいて、それを少し眩しそうに見ていた。
「ギル……私って、お前の枷になっていないかな」
「どうしたのだね、急に」
「以前と比べて髪が伸びた」
「それは私が無精者だからだよ」
「肌の色も白くなっているし、痩せたように見える」
「運動不足だからさ、元々苦手だから」
「去年の今ごろだったかな、お前が彼女と別れたのは」
「……」
ギルバートはテーブルの上でわけもなく掌を閉じたり開いたりした。ラウの視線は人びとを眺めているのか、或いは他の何かを見ているのか。
「お前と違って私は女性が愛せない。お前を悪い道に引き込んだのは私なのだと思っている」
「先に告白をしたのは私だったじゃないか。仕事で忙しいからと断るお前に、どれだけ会えなくても我慢出来るから、せめて心だけでも欲しいと必死に頼み込んで、かなり強引に認めて貰った。
私は本当に感謝しているよ。あのとき、私を受け入れてくれたお前に」
「お前の誕生日に、付き合おうと言われて承諾した。もうすぐ一年になる。そのうちに会えた回数はこれを含めて、三回しかない。
本当は戻って来るのが怖かったよ。お前に新しい、良い人が出来ているんじゃないかって」
「そんなわけがないだろう。私はタリアと付き合いもしたが、初恋からこれまで本当に愛しているのはお前だけだった。
一年に三回しか会えないのがどうしたというのかね。お前が恋人だ。私はそれで十分すぎるほどに幸せだよ」
ラウは他所へ向けていた視線を引き戻した。どこかすっきりとした表情だった。彼は彼なりにギルバートとの関係を不安に感じていたのかも知れなかった。
「ギル、お前って、いい奴だな」
「なんだ、今ごろ気が付いたのかね」
おどけてみせた。ラウはそれにようやく、曇りのない笑みを浮かべた。
ラウがプラントに戻ってから四日後、早朝に彼は部屋をでて行った。出発は八時ちょうどらしい。
この部屋からなら、西の空の方角にヴェサリウスが見えると思う。もっとも、形が確認出来るほど大きくはないが。出て行く間際に彼はそう言っていた。
「レイ、起きているかね」
「勿論。こちらからなら、東の空になるけれど」
今はアカデミーの寮に入っている養い子に連絡を取る。俺もラウから聞いているもの、という返答に、出窓に腰を下ろしながら、ギルバートは肩を竦めた。
「なんだ、ラウから聞いていたのかね」
「本当は機密に当たるから、聞いちゃいけないのだろうけれど。ラウが特別に、こっそりとね」
レイは寮の部屋を出て、外の草原に足を踏み入れた。早朝から部屋で連絡を取っていては、同室の友人を起こしてしまう。それに、もっと広い場所でヴェサリウスの機影を見たかった。
「それにしても、今日は寒いねぇ。けれど空気が澄んで、空が綺麗に見えるよ」
深い青色のマフラーが風に靡き、ふわふわと揺れる。
腕時計で時刻を確認する。あと十分で、八時になる。
「そうだね。街中のここでも、遠くまで良く見える」
次第に空が明けて来て、紺色の青が少しずつ紫へと変わって行く。
そして八時ちょうど、一際大きな輝きが点滅しながら空に見えた。
「見えた、見えたよギル!」
「ああ……」
ギルバートは身を乗り出し、携帯電話のカメラを向けた。
レイはポケットに携帯電話を突っ込んで、白い息を吐きながら、笑顔で両腕を大きく振った。
カメラの中の光がちょうどモニタの真ん中に来たころ、シャッターを押した。その光はまるで曙の一等星のように、空を明るく照らしていた。
ムウラウ「フレンズ」(※死にネタです)
「……ムウ?」
研究員から預けられた資料に、ラウ−厳密には、これからラウ・ラ・フラガになる予定のクローンの一人、だ−は、顔写真の下に記されていた名を呟いた。
「そうだ、歳は君よりも三つ上。フラガ家の長男で、君にとっては兄であるし、息子でもあるだろう」
「兄……」
「どちらにせよ、君にとっての家族の一人だ」
「家族」
その言葉を、まるで初めて聞いたかのように言った。その両目はきらきらと輝いていて、これからの生活は楽しいものに違いないと、希望に満ち溢れていた。
ラウの小さな指が手元のパネルを操作する。すると、幼いムウが映し出された映像が再生される。彼はこちらが向けるカメラに気付いて手を振り、何かを言っているようなのだが、音は鳴らない。
「声は……」
「現時点では、顔写真とこれまでの経歴で十分だ」
途端、子どもはしゅんとなって俯いた。研究員はそれに構わず、映像はこれでお仕舞いだと強制的にモニタの電源を落としてしまう。
「さあ、検査だ」
「……」
真っ暗になったモニタを、ラウはしばらくの間、ぼんやりとして眺めていた。研究員はそれに溜息を吐いて、君が、と口を開いた。
「君がこれからの検査をちゃんと受けてくれたら、さっきの家族は君のものになるんだ。君はラウ・ラ・フラガになる予定の子どもなのだからね」
「分かりました。早くぼくも家族が欲しいです」
「そう、なら行こうか」
家族、という言葉が、ラウの小さな胸に温かな何かをもたらした。検査は決して楽なものではなく、激痛を伴うものも多い。それでも先ほど見せられた彼が自分の家族となってくれるのなら、どんな苦難も我慢しよう。ラウはそう心に決めた。
ラウがフラガ家に引き取られる日が訪れた。実はこの日、ラウは検査時の事故によって右腕を骨折している。また、身体中には以前からの検査によって出来た切り傷や痣も残っている。しかし研究員らの施した化粧によって、全ての服を脱がせでもしない限りは、それに気付かれることはないだろうということで、怪我が治るのを待たないうちの引渡しである。折れた腕も、家族が欲しいなら我慢しなさいと、当て木の一つも与えられていない。
「君が、ラウだね?」
身を屈めて問うて来たのは、これからラウの父親になる人物である。父親であるし、もう一人のラウだった。
ラウは辺りを見渡した。ムウがいない。
「あの、ムウ……お兄さんはいないのですか」
「ん?」
研究員らと会話を交わしていたアルが、その問いに穏やかな眼差しを向ける。だが、一瞬だけその目に冷たい色が灯ったのを、ラウは見逃さなかった。
「あれは、いいんだ」
どうしたのだろう?
「私には君がいてくれるのだから、それで十分だよ」
そうして、地面に膝をついてラウをぎゅっと抱き締めてくれた。その温かさに、ああ、これが家族なのだ、と幼いなりに理解した。
それから綺麗なエレカに乗せられて、空港へと向かった。これから家に戻るのだよというアルは、嬉しそうにラウの頭を撫でた。優しそうな人で良かった。ラウはほっとして、微笑み返した。
地球に到着し、そこから再びエレカに乗り込む。これからラウにとっての自宅となる屋敷に到着したのは、翌日の昼過ぎであった。
「お父様、お帰りなさい!」
門を潜ると、ボール遊びをしていた子どもがこちらに気付いて駆け寄って来る。ムウだ。ラウは嬉しくなったが、反射的にアルの背後に隠れてしまった。お父様はお優しい人だけれども、ムウお兄さんはどうだろう。怖い人だったらどうしよう。
「あれっ、その子はどうしたの?どこの子?」
遊びで泥だらけになったムウを一瞥したアルは、ラウの腕を引っ張ろうとするムウを突き飛ばした。お尻から倒れ込むムウに、ラウは思わず声を上げる。
「む、ムウお兄さん!」
「お……お兄さん?」
転んだムウには構わず、アルは乱暴にラウの腕を掴む。
「いっ……!?」
運の悪いことに、強引に掴まれた腕は、骨折した側の腕であった。アルはその声に多少驚かされたようで、見せなさい、とラウの服の袖をたくし上げた。
「何だよこれ、折れてるんじゃないのか!?」
ムウが驚いて声を上げる。ラウが必死に隠していた腕は、哀れアルに早々にばれてしまった。アルは不機嫌そうに目を眇めて、その場に立ち上がる。携帯電話を取り出し、どこかへ連絡をしているようだった。
「君大丈夫!?何でこんな酷い怪我放っておいたりしたんだよ!?」
「だ、だって……言っちゃ駄目だって、こんなのは気のせいだって」
「気のせいって、痛くないわけないだろ!?」
「痛く……痛くないもん」
「……傷物を寄越してくるとはどういうことかね」
足元で揉める子どもらを放って、アルの不機嫌は続く。
「それで、替えはあるのだろうね。何だ、ないのか」
ないと知った途端、アルはそれ以上の会話を止め、途中で電話を切ってしまった。携帯電話をポケットに突っ込んで、一人で屋敷に向かおうとする。
「お父様!この子を病院に連れて行かないと!」
「ああ、適当にお前がやっておいてくれ」
「適当にって……!?」
「腑抜けなお前でも、弟一人の面倒ぐらい見られるだろう?私はもういい、疲れたから休む」
ムウは必死に父を引きとめようとしたが、父はこちらを振り返ることなく、屋敷へと消えて行った。残されたムウは屋敷とラウとを交互に眺め、何度も唸り、覚悟を固めたように問うた。
「君、名前は?」
「らう……ラウ・ラ・フラガ」
「よし、ラウだな。待ってろ、お兄ちゃんが絶対に助けてやるからな!」
ムウは幼いなりに自分で考え、病院まで連絡を付け、ラウを入院させることに成功した。それからも、ラウが完治するまで何度も病院に足を運び、弟を励まし続けた。
ラウが退院してから、ムウはラウとの面会を禁じられてしまった。父曰く、フラガ家の跡取りとなるのはお前の弟であるから、お前と遊んだりすることで余計な時間を割きたくはない、とのことであった。
しかし幼いムウがそう言われて引き下がるはずもない。二人は父の目を盗んで会い、ひっそりと遊んでいた。
二人は父が外出しているときに会うことを約束し、その場所は二階に続く階段下の倉庫であった。初めはラウも嬉しそうにその倉庫へと通っていたのだが、次第に父が不在であっても、姿を見せる回数が減ってきた。
代わりに、身体中の怪我は増えているようで、会話の途中にラウが痛そうな表情を見せる。それがムウにはたまらない。
「親父に一体何されてるんだよ、お前、何で嫌だって言わない?」
「お父様は悪くない。ぼくがいけないんだ。ぼくがお父様の言う通りに、きちんと出来ないから」
「子どもだし、こっちに来てそんなに経ってないじゃないか。出来なくて当然なんだよ。俺が親父に言ってやろうか?ラウをいじめないでくれって」
「止めて!お父様はお兄ちゃんのこと、良く思っていないの。それに、ぼくはお兄ちゃんとお話をしに来ただけ。もっと楽しいお話をしようよ」
そう言って微笑むラウだが、会うたびにその笑顔は消え失せて行った。ラウがこの屋敷に引き取られて一年が経った頃には、何を言っても笑顔の一つも見せない、無感情な子どもへとなっていた。
「なあラウ……助けてって言ってくれよ。兄ちゃんに何か、お前の助けになるようなことをさせてくれよ……!」
「いいんだ、もう決めているから」
ラウに縋り付いて呻くムウに、ラウは底冷えのする声で言い放った。決めているって、何を?ムウは問い掛けたが、ラウの眼差しは虚空を見詰め、語ろうとはしなかった。
「俺は……兄ちゃんなのに、お前を助けてやることは出来ないんだな……」
床にへたり込んでしゃくり上げる兄に、ラウは視線を落とす。しゃがみ込んで、そんな風に思わないで、と呼び掛けた。
「お兄ちゃんに思って貰える。その気持ちだけで十分」
「……」
ラウの、切れた唇を、ムウは操られたかのようにぼうっと見詰めていた。
「だから」
滲んだ血を拭いて綺麗にしてやりたいと、ムウは顔を寄せた。ラウははっと目を見開いて、兄の唇を受けた。
「お父様にも同じことをされたよ」
唇を離した後、ムウは思わず真っ赤になってしまったが、ラウは白皙の人であった。しかし彼の呟きに、ムウは青褪めて弟を見詰める。
「これって、どういう意味なのかな。嫌いな相手に、することなの」
ムウは泣きそうに唇を噛んだ。好きな人とやることなんだよ、と言った。そして、弟をぎゅっと抱き締めた。
その日の夜は何故だか寝付けなくて、ムウは何度もベッドで寝返りを打っていた。朝までずっとこんな調子なのかな、と何気なくドアの方に視線をやると、そこに人影があった。ぎょっとして飛び起きると、弟である。
「ラウ……こんな遅い時間にどうしたんだよ?」
裸足のままそちらへと向かった。ラウは俯いていたが、ムウの呼び掛けに弾かれたように顔を上げた。両目には涙が滲んでいて、暗闇でも分かるほどに、ラウは震えていた。
「お兄ちゃん……ぼくもう駄目、我慢出来ない」
「そうだよ、やっぱり我慢出来ないだろう?待ってろ、お兄ちゃんが一緒に行って、親父を説得して」
「待って、行ってももう駄目だよ」
「駄目って?親父はもう寝てるのか?」
「駄目だよ」
ラウが呟いた瞬間、ぼっ、と音が鳴った。瞬く間にムウの部屋が赤く染まる。灼熱の炎であった。
「駄目だから……我慢出来ないから殺しちゃった」
ムウは驚いて声も出ない。唖然とラウを見詰めると、弟の手に鈍く輝くバットを見止めた。バットは凹み、夥しい血に汚れている。
「お兄ちゃん、ぼくに優しくしてくれてありがとう。ぼくはこれからプラントに上がるよ。ここを離れて生きて行く」
「ラウ……おいっ、ラウ!?」
「心配しないで。ぼくとお兄ちゃんは必ずまた出会うから。月で……戦場で」
「戦場……?」
ラウはぐっと身を寄せた。前日に、ムウがそうしたように。そして、ムウの唇に同じ場所で触れた。
途端、ムウが悲鳴を上げる。幼い脳裏を過ぎる数多くの記憶は、ラウが兄の記憶を改竄しているためである。これはアルとラウにしか操ることが出来ない、フラガの血特有の能力であった。
「ラウ……おれの、ラウ」
呟いたムウは、がくりと首を項垂れさせる。目は虚ろであった。ラウは冷えた眼差しでそれを見詰めて、外へ、と告げた。
「ぼくのことは全部忘れて。決して死ぬことのないように外に逃げて。父を殺したのはフラガ家に恨みを持つ暴漢です。そう証言するように」
ムウはゆっくりと頷き、ふらりと歩き始めた。ラウは、その兄から背を向けた。
ムウがその記憶を取り戻したのは、まさにストライクがアーマーシュナイダーでプロヴィデンスガンダムのコックピットを貫いた瞬間であった。
「何だよそれ……!?お前、俺の記憶弄っただろ!?今やっと、全部思い出したぞ、畜生!」
アーマーシュナイダーはコックピットのドアを大きく破損させ、中のパイロットを背後に串刺しにしている。露わになった内部の姿に、ムウは息を呑んだ。
「待ってろ、兄ちゃんが助けてやるから!」
「お前……変わっていないな」
ラウはそう呟いて、自らを貫く武装に、まるで愛しいものにそうするように、頬擦りをした。ムウはその光景に呼吸さえ忘れる。余りにも穏やかで、苦しみのない表情だったからである。
「助けて貰っては困る……最後に借りの一つぐらい、返させろ」
ラウはがくがくと震える腕を伸ばし、操縦桿を掴んだ。同時にストライクに大きな衝撃が走る。プロヴィデンスに蹴り飛ばされたのだ。
「らっ……!?」
ラウはその呼び掛けが聞こえたのか、こちらを見上げた。
嬉しそうに唇を開いて、微笑んで、光が包み込んで……。
荷物(ブツ)、届いてますか
1月半に及ぶ運送業者との攻防戦に決着がついてホッ。
いえ、こちらが送った書類を紛失された挙句、預かった記録ないんスけど!と逆ギレされたのです。コレが送った証拠だ、目ェひん剥いて見やがれ!と控えのコピーを送付しても、見てないモンは見てないし!と。もうその担当の人と話をしたくなかったので、運送業者の支店長宛に手紙をしたためて送ったのですが、1週間経っても連絡がないから、おかしいなと業者に問い合わせたら、私と言い合った人物がその手紙を見付けて自分の懐に仕舞い込んでいたラスィ。お前一体どうやってその手紙を見付けたんだ……!?宛名はお前さんにはしてなかったのに!!電話を掛けた翌日に支店長が平謝りに来ました。
その担当者は声の感じからして私の父ぐらいの年齢の人ですおそらくな。そんな年齢の人に社会人としての礼儀というか、アンタそれはやっちゃアカンやろう、ということを言わねばならんこちらの身にもなってくれよ。
支店長曰く「元々ドライバーだったが、お客から何度もクレームがついたので事務方に回した」だったそうだ。しかし今回の件で「もう行く場所はなくなりました」と言っていたのが印象的だった。上に報告したら可哀想にと同情していたが、逆ギレされたこちらとしてはこれ以上何も言うことはない。自分で蒔いた種だ、としか言いようがない。
まああの担当者も油断したのかも試練。まさか小ばかにした小娘が経理部の副部長で業者の決定権を与えられていた挙句、5枚組の手紙を寄越してくるほど陰湿だなんて思わなかったんだろう。
とはいえ、まさか運送会社に荷物を紛失されるとは。
そういえば1月ぐらい前に人様に荷物を送ったのだが返事がまだない。無事に届いたか密かに心配しております。ブツ、届いてますか。
今週1週間胃腸の調子がとにかく優れなくておちんこでておりましたが、病院で貰った薬を服用したらかなりマシになっていた。食欲も戻って来た。
しかしそれだけ強い薬を相当の期間手放せない身体になっちゃったんだな、と地味にショックだった。しかも薬価高いし……。
あの、アトムがCMやってる逆流性食道炎ですね。アレと過敏性腸症候群をほぼ同じタイミングで発症しております。
去年の今頃は、鉄分補給!!とか言って新幹線乗って西日本の各地をグルグルしていたのが嘘のようです。
もう以前のような生活には戻れないだろうと諦めています。何せ学生の頃に発症した急性胃腸炎の後遺症がまだ残っているわけですから。
詰んだな……ああ、詰んだよ。最近そうやって落ち込むばかりです。
アデラウ「星のすみか(8)」(完結)
アデスが病院に運び込まれてから五日後、一般病棟に移動させられた彼だが、意識は戻らない。
初日から彼に付き添っていたラウも、三日目にはついに精神的に限界を覚えたらしい。レイが様子を見に来たときには、アデスのベッドに突っ伏して気を失っていた。食事もろくに取っていなかったので、軽い栄養失調に陥っていたらしい。
「何やってるんだか……」
呟いて、ベッドで眠るラウの前髪を撫でた。彼の腕からは点滴の管が伸びている。レイが触れたことで、ラウはどうやら意識を取り戻したらしい。目を開いて、不思議そうに天井を見詰める。
「おはよう。気分はどう?」
「……アデスは?」
「目が覚めて最初にそれなんだ」
苦笑を浮かべ、まだ、と首を左右に振った。ラウの表情が曇る。
「大丈夫だよ。峠は越えたそうだから、きっと意識は戻るよ」
ラウは頷いて、起き上がろうとする。まだダメだって!と制するレイには構わず、ベッドから下りようとするが、急に動いたために眩暈を覚えたのか、身体がぐらりと傾ぐ。レイは慌てて彼の腕を掴もうとしたが、その腕は宙を切った。
「ラウ……!」
冷たい床に倒れ込みそうになるのを、しっかりと受け止めた人物がいた。ラウは、アデス、と呟いて頭上を見上げる。
「いきなり動いて、身体が付いて行けるはずがないだろう?」
「ギルバート……」
青白い顔がラウを見下ろしている。ラウは一瞬だけ、がっかりとしたような顔を見せた。しかしギルバートはそれを見逃してはいない。胸の奥にちくりと痛みが走ったが、それは無視して、腕の中のラウに微笑んだ。
「まだ眠っていなさい。彼のことは、私とレイで見ているから」
「そうだよ。もし今艦長が目を覚ましても、そんな顔色のラウが傍にいたら、逆に気を遣ってしまうよ」
ギルバートは少しだけ腕に力を込めて、ラウを抱き寄せた。しかしすぐに身を引いて、ベッドに押し付ける。
「今の自分の顔を鏡で見てみなさい。どちらが怪我人だか分からない顔をしているから」
そう言って、なるべくラウの顔を見ないようにして、背を向けた。
「ごめん、俺もちょっと。ラウ!ちゃんと寝ていること!」
病室から出て行ったギルバートの後を追おうと、レイも椅子から立ち上がる。ラウに念を押してから、その後ろを付いて行った。
ギルバートは常になく早足であった。忙しない動きに、背後から呼び掛ける。
「病院で、そんなに急いでは駄目だよ」
「……」
足を止め、窓の外に顔を向ける。
「息苦しくなって、いけないね。何故彼を選んだのだと、無性にラウを問いただしたくなるのだよ」
相手はまだ幼い子どもだが、胸の内の情熱を誰かにぶつけたくてたまらなかった。言葉にして他人に聞いて貰わなければ、それ以上の熱が、怒りを伴って彼を攻撃してしまいかねない。それほどにギルバートの内側には、暗い感情が渦巻いている。
「私はラウのためなら何でも出来る。どれほど気持ちが荒れていても、ラウを傷付けることなどしないのに……」
「まあ、そう思っているうちは、アデス艦長に勝つことなんて出来ないよね」
養い子の物言いに、かっとなってギルバートはレイを睨み付ける。しかしこちらに向いていた彼の視線に、何も言葉が紡げなくなる。ギルバートと同じか、それ以上に薄暗い顔だった。
「生まれる前から傍にいたのに気持ちを向けて貰えない。同位体だから、好きになっても、なって貰ってもどうしようもない」
「レイ……お前……」
ギルバートはそれでようやく、レイがラウに対して向ける感情の種類を知った。
レイはすぐに明るい笑顔を浮かべて続けた。
「でも俺はラウと出会えたことで満足しているよ。それ以上の気持ちを抱いて、ぶつけるのは、俺にはちょっと贅沢過ぎるかな。
俺よりは、よほどギルの方が勝ち目はあるんじゃないの?一つヒントを上げる。ラウって結構正攻法には弱いんだ。正面からぶつかって行けば、案外受け入れてくれるかも。それじゃぁ、アデス艦長が起きていないか、様子を見てくるね」
「お前は、それで良いのかね」
背を向けたレイに、ギルバートは思わずそう呼び掛けた。肩越しに振り返って、うん、と頷いてみせる。
「仕方ないよ。ラウを見て邪な考えを抱かない人間がいるかと問われれば、いないんじゃないかな。その意味で言えば、俺は人間なのだと思う」
そして、頭二つ分は小さな人影は、廊下の向こうへと消えて行った。ギルバートは、多少唖然とした様子で、その姿を見送った。
「あの年齢で達観し過ぎだろう……」
前髪をくしゃりと掴んで、自嘲の笑みを漏らした。まあ、今はいいか。今だけは、ラウの回復と、アデス艦長の意識が戻るのを待つとしよう。
ギルバートはそう思い直して、再びラウの病室へと足を向けた。
「……」
小さく息を吐いて、開き掛けた瞼を一度閉じ、そっと開いた。眼球だけを右側へと向けると、ふわふわとした金色の髪が見えて、ああ、眩しいな。と思った。
「ラウ……?」
彼の名を呼んだつもりだったが、掠れて音にはならなかった。しかしアデスを見下ろしていたラウは首を左右に振って、ちゃんと届いているよ、と微笑んだ。その両目が潤んでいて、涙を拭ってやりたいと思った。しかし身体中の力が、脱力しきったかのように抜けたままで、動きそうにない。
「無理はしなくて良い。一週間も眠ったままだったのだから」
アデスの頬を撫でる。しばらく微笑んでいたラウが、くしゃりと顔を歪めた。どうなさったのですか、と心中で問うた。アデスは、ラウが持つ能力の幾つかを知っている。言葉が発せなくとも、心中で思うだけで彼に伝わる。だからアデスは、彼に語り掛けた。
「このまま死んだらどうしようと……」
ご心配をお掛けしました、本当に申し訳ございません。あのとき、私がふらふらと貴方の偽者などに付いて行かなければ、こんなことにはならなかった。
ラウは両手で顔を覆って、幾度も首を左右に振った。そうじゃない、お前のせいじゃないよと、繰り返しそう言った。
身体に力が入らなくて、起き上がることも、貴方を抱き締めることも出来ない。何て歯痒いのでしょうか。
「良いよ。それは私がやるから」
呟いて、ラウはアデスに覆い被さった。傷に響かないように優しく抱き締め、色のないアデスの唇を、優しく塞いだ。
「済まない……お前が私を好きかどうか、分からないのだったな。それがはっきりするまでは、キスもセックスもするまいと思っていたのだが、急に起きるものだから混乱してしまって……」
唇を離したラウは、困ったように微笑んで、枕元のティッシュを抜いてアデスの唇を拭き取った。
貴方という方は、全くどこまで……。
「何だよ。はっきりしないお前が悪いんだろ」
ぶうたれて言った。アデスが意識を取り戻したことで、少しずつ調子が戻って来たらしい。
「ラウ、軍服……」
ぼやけていた視界がようやく晴れた頃、アデスは気が付いた。ラウは私服ではなく、白い軍服を纏っている。ラウはそれに頷いて、凛とした声で告げた。
「明朝、や・まる・まる・まる、我が隊は出撃する。今回の航行に艦長は不在である。私が兼任する」
「何故……艦長を置かれないのですか」
「私の知る限り、お前が最も優秀な艦長であるからだ。それに、他の艦長なぞ置いてみろ。たちまち胃を壊してしまうだろうよ」
だから、と人差し指でアデスの額をぐいっと押した。
「必ず戻って来い。お前が戻って来るまでは、クルーゼ隊のヴェサリウスの艦長席は空けておく」
「もし私の身体のどこかに不調があり、二度と元の通りに動かせないと言われたら?」
「そうならないように、リハビリに努めるように」
無茶な要望だ、と思ったが、アデスは微笑んで頷いた。ラウがそう求めてくるのならば、何を置いても必ず実現させねばならない。
「お前が、今日意識を取り戻してくれて良かった」
ベッドに腰を下ろして、ほっとしたように言った。それはアデスも同意見だったので、そうですね、と頷いた。
「私も、貴方にお伝えしたいことが御座いました。貴方がここにいて下さって、本当に良かった」
「!」
ぱっと顔を上げたラウは、咄嗟に両耳を塞いでしまう。悪い話なら今は聞かないぞ!と必死な彼に、アデスは笑みを零した。ああ、何て可愛らしい方なんだろう。こんな方を、自分はどうして……。
「あの、ラウ」
「わーわーわー、今は聞かないと言っているだろう!」
「悪い話などではありません。少なくとも私にとっては」
「……」
それで多少聞く気になったのか、そろりと両腕を下ろした。
「でも「き」らいとか「わ」かれるとかの音が聞こえたら話を中断させるからな」
「難しい注文ですな……では成るべくそうならないように。ラウ、貴方を愛しています。もう二度と貴方への想いを疑いません」
ラウは両腕を下ろして、膝の上にそっと置いた。
「貴方が親身になって私を支えて下さったからではありません。貴方の能力が私の長年の願いを叶えるのに有効だからでもありません。考えてみれば、私と貴方が出会って、その能力を知るまで、結構な期間がありました。私は、その能力を知る前から、既に貴方に想いを寄せていました。だから、貴方を利用するなどという考えが、思い浮かぶはずがないのです」
「やっとそれに気が付いたか」
多少呆れた口調であった。それに驚かされたのはアデスである。
「ご存知だったのですか。だから貴方は、私が最初にこの話をしたときに、笑っておられた……?」
「それを私から指摘するのはおかしいだろう。そういうことは、自分で気が付かないと意味がない」
でも、とラウは続けた。
「その勘違いがいつか疑いとなって、私への気持ちも錯覚だと思うときが来るかも知れない……それだけは本当に怖かった。あのときはお前がそう結論を出したとしても、もう一度元に戻れるように努力すると言ったが、全然、そんな自信なんてなかった」
「貴方にそう思って頂けて、私は本当に果報者ですよ」
「けれど、今回は一緒に連れて行ってやることが出来そうにない。最後に心残りが一つ出来てしまったな。
それで提案がある。戦場で敵パイロットの鹵獲は条約で禁止されているが、お前が望むのなら、バララーエフを五体満足でこの場に連れて来ても構わない。条約の件は私が何とかするから、お前の好きなようにすることも、出来るかも知れない」
アデスはその提案に大層驚いたようであったが、しばらく目を閉じて、いいえ、と拒絶した。
「私情のために条約に違反するわけには参りません。貴方にそこまでの迷惑を掛けることは出来ない」
ようやく身体に少し力が入るようになったので、ラウに向かって腕を伸ばした。ラウはその掌を、そっと握った。
「その代わりにお願いがあります。これは恐らく、貴方にしか実現出来ないものだと思います」
ラウは無言で頷いた。
「どうか無事に、私の元にお戻り下さい」
アデスはラウの腕をぐっと引いた。弾みで倒れ込みそうになったラウは、慌てて体重を掛けてアデスの身体に力が入らないように堪える。
不服の声を上げようとしたラウだったが、止めた。アデスはラウの手を丁寧に取り、その甲に口付けていた。
「それが私の最大の願いです」
「……分かった。その願い、必ず叶えて戻って来るよ」
しばらく見詰め合った二人は、どちらともなく、ゆっくりと口付けた。およそ三か月の間、近いようで遠く離れていた二人は、やっとこのとき、元通りの距離を取り戻したのであった。
翌朝の八時ちょうど、アデスは西の空を見上げていた。プラントの夜明けは八時半ごろである。まだ空は紫と橙が入り混じって、夜明けを待っていた。
八時三分、紫の空にちかりと光が灯った。それは一瞬のことで、瞬きのうちに天空へと上り、見えなくなった。
まだ身体は起こせない。ベッドの上で、アデスは腕に力を込めた。
消え行くヴェサリウスに、そしてそのブリッジにいるであろう人に向けて、アデスは力強く敬礼を送った。



